外貨両替事業の集客を思いつきで実行するもことごとく頓挫し、自力では会社を存続できなくなったが、2007年から懇意にしていただいた仕入先のチケットショップに実質雇われて働くことになった。しかし、その社内では村八分にあったような肩身の狭い思いで耐える日々を送っていた。

そんな中でもある日、自社で契約している電話代行から、テレビ局から連絡が入り番組出演の依頼がきたことを聞く。担当者の方と連絡を取り、若手社長を探しているとのことで今度ディレクターとあって欲しいと言われた。そこで色々と会社の状況や規模を聞かれ応えていたのだが、私もテレビ出演は知名度を上げる願っても無いチャンスなので外貨両替の事業は粗利率が極端に低いのだが取り扱い高こそはかなりの金額に上る、それを売り上げとして説明した。実際には年間で数億円ということを話したと思う。とっさに考え、述べたことだったので、裏を取られるわけでもないので大丈夫だろうと思った。そして社長である私の年収はどれくらいですかと聞かれ、こちらもテレビ出演がかかっているので相手が何を望まんとしているかもすぐに察知した。しかし私は今現在、自社で自力で稼ぐことは出来ずに知り合いの会社の下で実質雇われているような身。本当のことを言えばこのオファーはまず無くなることは目に見えている。

そこで現実とはかなりかけ離れているが、色々と言い訳をし脚色したうえで月に40万円ほどですよ、とかなり鯖を読んで申し上げた。その時は人選で急を要しているとのことから出演前提でお願いしますと言われ、その後にディレクターといわれる人から再度連絡が来た。番組名もTV東京の「メデューサの瞳」と聞かされ、民法の知っているバラエティ番組だったので実現すれば今までの新聞雑誌ラジオ等のメディア出演よりもはるかに大きい反響が期待できると胸が躍った。そして実際に当社の事務所近くの喫茶店で会うことの約束をして、身だしなみを整えて当日に臨んだ。普段はコーヒー一杯でも高いので立ち寄らない喫茶店だったが、事の重要性からは意に介することなく神妙にして待っていた。気が付いたら爪が不摂生に長く伸びていて清潔感に欠けるのがとても気になった。これでは若手起業家のイメージを損ねかねない。店を抜け出して近くの店で爪切りを購入して急いで爪を切った。

それから約束の時間を過ぎてもずっと待っていた。テレビマンは相当多忙な仕事なので遅刻するのは日常的なのだろうなと、寛容な気持ちで緊張しながらも待ち続けた。しかし一時間以上が経ち、あまりにも遅いのでこちらから連絡をとると、多忙で来ることが出来なくなったと本人の部下から聞かされた。また改めて段取りつけさせて下さいとのことだったので、少し落ち込みながらも望みを捨てずに気を取り直そうと務めたが、それ以降一度も連絡が来ることは無かった。いくらテレビ局とはいえ、番組出演という期待を持たせておきながら、約束を一方的に反故しコーヒー代と無駄な時間を浪費されたのには頭が来た。その番組を見て最後のロールオーバーに彼らの名前が載っているのを見ながらむっとしたが、同時にやるせない気持ちが根底にあるのも事実だった。その番組内容は私とは雲泥の差の経営者が出演していたのである、港区あたりで年商5億円くらいの高級レストランを経営しているといった風のものであった。確かに私が出るよりは圧倒的に相応しい人物である。方や水増しもいいところ、相当な脚色をしたにも関わらずすっぽかされた自分はなるべくしてなった因果応報であろう。

そんなことがあっても相変わらず勤め先のチケットショップ内では周りの人間との不和が解消されることもなく孤立した状態が続いていた。しかも日が経つにつれて「あいつは会社に来て何をしてるんだ」といったような批判めいたことが段々と社内の大将的ポジションにいる社長の娘から露骨に陰口を叩かれるようになる。嫌みや悪口などが私のいないところで渦巻いているのは明らかだった。情けないことにそんな状況でもここから離れることは出来ない、事業で躓いた自分自身が辿ってきて行き着いた立場なのでとにかく耐え忍ぶしかなかった。

そんな娘の悪態は社長自身も気付いていたのだが、気が強くて周りの社員の同意も集めているのでたちが悪く、手を焼いている状態だった。何ら生産的な仕事もしないで文句ばかりを言ういわゆるお局のような存在であったがその立場上、私も最初は見てみぬふりをして過ごしていたが、序々に私に対する風当たりがエスカレートしていくにつれて、苛立たしさを抑えるのが精一杯だった。一言ガツンと言って分からせなければならない。私がここで働くにあたって、このままこの娘の横暴を野放しにしておくことは絶対に不可能であった。とはいえ面と向かって大人の話し合いをして通じる相手ではないことは分かっていた。毎日悶々と、ストレスを抱えながらも中小同族企業のつまらない人間関係に悩んでいるという慙愧に耐えない感情の中にいた。そしてついにその感情は爆発してしまう。