数年前にある経営者クラブの営業の方から無料の講演会があるのでと誘われ「年商50億越えの会社を作る成長戦略セミナー」なる講演に出席しました。そこで学習塾を創業された起業家の講師の方のお話を聞きました。若い時分に0から始めて大手塾企業と引けを取らないほどの規模に成長させSell out したという経緯でした。
現在ではその資金を他のベンチャー事業等に投資をして投資家や経営コンサルティングをして生計を立てている人物でした。

知らない人物であったし風貌もそれとなく飄々とした第一印象でしたが彼の話は面白く集中して聞き入りました。
彼は大学に通っていた学生時代に大手私塾に対抗できるくらいの教育のアイディアを開発して、どうすれば塾生が集中して勉強に取り組み学力を上げることが出来、さらに格安でそれを提供できるかという命題を塾のアルバイト経験から発想し、それを解決する事業を興しました。

そのセールスポイントは一言でいうと、塾生に対して自学自習を強制させる環境を作ること、料金に至っては大手が駅前の好立地に教室を構えるのに対して駅から離れた家賃の安い場所を借り、とにかく実績を積み上げれば立地は無関係ということをメディア戦略で証明し続けるというものでした。
そのビジネスモデルは納得し、商売として至極全うな差別化と顧客志向だなと思いましたが、さらに興味深かった点が人間関係についてのお話でした。

彼は起業時に資金も人脈もなかったことから慶応大学の同窓会グループである慶応三田会の人脈を活用しようと、卒業生名簿の大手企業の社長や重役の方々へ片っ端から連絡をして支援を仰ごうとしました。三田会は卒業生グループの中でも固い絆で有名で多くの部会がある日本有数の学閥ですので知っている方も多いと思います。私も慶応義塾はそのような卒業生ネットワークが気軽に使えるのは良いなとは思っていましたが、話の続きはそうは問屋が卸さないものでした。
彼の連絡に返信をくれた支援者は一人もいなかったそうです。彼は当時、同じ大学の先輩で固い絆で結ばれているはずの卒業生に断りの返信もなく一切スルーされてしまったことについては理解できずに苦悩したといいます。
そしてその原因をよく考えて彼なりに冷静になって一つの答えを見出したようです。

それは相手の卒業生にとって“何のメリットもない”という至ってシンプルなものだったそうです。推察するにそのようなVIPは四六時中、方々から勧誘や要請を受けており、いくら卒業校の後輩とはいえ同じように考える学生は腐るほどいて同じくアプローチを受けてはいるが全く関心がないのだろう、と。

彼は学生で行動を起こし、失敗はしたものの大変良い気づきに恵まれたと回想していました。それからは相手にとってメリットになる内容を突き詰めて考えそれを提案するような文面で連絡を取るとポツポツと返信があり実際にお会いすることができるようになったといいます。お会いした相手に具体的に何を施したのかというと、とにかく自腹で美味い食事をご馳走したり夜の街で遊ぶお供をしたり、学生である身分のため大学生をマッチングしたりととにかく最初からテイクは考えずに相手にギブを与え、尽くしまくったと言っていました。その関係をしばらく続け、こいつは面白いやつだ、使えるやつだと気に入ってくれたところで本題の起業支援についてようやく対等に話せる立場に持っていき聞く耳を持ってくれたとのことでした。

輝かしい経歴とブランドを持ってしてもその実は陰ながらの努力を目的達成が不確実であったとしても続ける意志はこうして講演を聞く立場であった私にとっても教訓になるものがありました。
そうか、人間はメリットでしか動かないんだなと、その時でも起業して10年以上経っていたのですがなぜか新鮮に強烈に脳裏に焼き付いたのは私があまり人と関わって交渉したり、折衝したりという経験が浅かったからだと思います。実際の失敗ではなく人の話を聞いて深い教訓に思えたのは無料講演にもかかわらず価値があるものでした。

かつて相手に何の利益もメリットもない当方にとって有利でしかない取引を続けていたことがありました。しかし、その結果は私が騙されていたという手痛い失敗がありました。その当時の私の思考は、何故かは理解できないのだがこの人は滅私奉公するほど良い人で、うちはこの関係が無ければ成り立たず、現実にこれで成り立っているのだから良しとしよう、商品は届かないけれども。というとても危険な完全な正常性バイアスに支配されていたといえます。冷静に考えればわかることも自分だけを主体に考えると周りが見えなくなることはよくあって私はその傾向が強いかと内省できます。

したがって今では金銭的リスクや法的リスク、人間関係のリスクがある判断は極力ブレインに相談して意見を聞くようにしています。それでも結論ありきで聞いている節があるので異論があると少しストレスなのですがワンマンで決めないというのはある意味強い会社の特徴でもあるかと思い、そこはぐっと堪えるようにしています。

交渉も自分のメリットを出す前に相手のメリットを考えます。どうしても相手にデメリットを強いるお願いをする場合はそれを上回るメリットを提供しないと当然、首を縦には振ってくれないでしょう。

弊社では従業員紹介をHPでしていますが、従業員から異論が出たことがあります。
名前を出すのは怖い、リスクがあるという意見でした。彼らからすれば会社のHPに名前が載ることは自分たちにとって何のメリットもなく、よくわからないけど何かしらデメリットになり得ると感じたのでしょう。
その意見に対して私は丁寧に真意を次のように話しました。

「会社の方針には従ってもらいたいです。名前を載せるというのは会社に対して重要な貢献であり、だからこその同士や仲間という認識を持っています。信用を重んじる会社である以上名を名乗るという基本的な貢献をしてもらえないと会社としても従業員のためと思って行っている待遇は見直さざるを得なくなってしまいます。些細なリスクも取れないのであれば会社としても君たちにリターンを提供することは出来かねてしまうし、フルネームで記載している他の従業員とは明らかな待遇の差をつけなければ不平等になってしまいます。社長一人が全面に出て売り上げを増大させているのに対し自分だけそこには関わらないでおこうというのはフェアではないと感じます。

HPに従業員紹介を設けるというのは戦略上ごく普通のことですが弊社にとっては信用を創る特に大事な部分です。ネットで行っているためレートだけでお客様が選別しているわけではなくブランディングが強く影響していることは十分理解してもらえていると思います。個人も会社も他者から常に評価される立場というのは避けられません。そこに共感してもらえないと会社としては欲しい人材ではないということを伝えておきたいと思います。

人生に大きな部分を占める仕事ですので覚悟を持って臨んでもらいたいと思います、会社としても君たちを覚悟と責任を持って雇用し厚い待遇をしてきたつもりです。シンプルにギブアンドテイクの人間関係でもあります。
単に事務作業を行ってもらうのであればアルバイトで構わないし会社の方針に従えないというのであれば別の会社で活躍するという機会があるかもしれませんがそれは職業選択の自由です。

以上ですが、誰が良いとか悪いという話ではなくビジネスや人間関係はリスクとリターン、ギブアンドテイクで成り立っています。ビジネス社会で生きている以上はその関係性は会社と従業員にも当てはまります。普段の仕事ぶりは的確で信用を寄せられるものであると思っていますのでもちろん会社としても従業員皆から良い会社だなと思われる努力は今後も続けていきます。」

従業員に限らず人に本心を伝えるというのは誤解を生まぬよう慎重にしなければいけないと気を遣います。幸いにも私の考えは伝わったようで全員に了承もらいましたが、自分が相手に対して取る行為は常にギブとリスクでしかなく、テイクとリターンは遠い未来にあればいいくらいに思っておいた方が良いです。気づけば本当に大きな果実が実っているでしょう、でも数十年は芽が出ないです。それが私の教訓です。