2011年初頭に念願のドン・キホーテ子会社社長との面談が実現し、空き店舗になる区画を紹介いただきました。私が感じたことはビジネスにおける人脈の重要さと大企業であれ組織のトップダウン効果の強さと速さでした。

正直、ご紹介いただいた知人社長とドン・キホーテ子会社社長とのネットワークで、ご紹介とはいえ全く無関係であった一介の一人起業の若者が一度面談して陳情しただけで鶴の一声で当たり前のように決まってしまうプロセスには驚きましたし、幸運を感じました。

人との関係を大事にして、決定権を持っている人に近づき関係を育むことが重要で、世の中はそのように成り立っていると頭ではわかっていてもそれを実践してこなかった、実践するのが不得手である自分は何かとてつもなく損をしているようにすら思えました。

仕事というのは与えられた業務を円滑に遂行する従順な能力や姿勢も重要ですが、人脈をはじめとしたあらゆる糸口から機会を生み出す積極的かつ創造的な能力は数値では測り知れない人間力を持ち得ている方がビジネスにおいては遥かに高い付加価値を生み出します。

そのような成功体験があって初めて人脈の威力を実感しました。

人はやはり出会いで人生が変わります。私の起業人生でも人数は多くありませんが様々な人と出会いました。中には本当に会わなければ良かった人も多くいるのですが、ドンキホーテに関しては現に出店の紹介をしていただきましたし、以前より日本を代表する起業家としての創業者の安田会長の人生に感銘を受けていたので彼との近からずも遠くない接点が持てることには、直談判をしてでも取引したいと思っていた節がありましたので1取引業者として正式に仲間入りが果たせることには希望を持ちました。

外国人来客が多いであろうドン・キホーテ六本木店が出店の第一希望でしたが、区画がないので諦め、せっかくのお話でもあるのでドン・キホーテ秋葉原店のメイン入口の軒先の区画をお借りして商売をすることを前向きに検討することにしました。

ネックは賃料で、人流がとても多い場所でありながらも2坪もないスペースで月間25万円の賃料はシェアオフィスで一人起業として行っていた事業規模の私にとってはとても高く、そしてリスクが固定されるまさに固定費と感じられました。

シェアオフィス時代は特に高い固定費はなくほとんど変動費として見なせるような経費項目ばかりでした。実質的な賃料もわずかデスク代1万円、住所登記代1万円です。他に従量制の電話代行料、接客で使う1時間500円の会議室代、広告費もクリック連動型、等は広義では変動費として見なすことが出来ますが、究極は接客や発送など全て自分で行っていましたので人件費も0でした。

「固定費がかからないビジネスは決して潰れない」

ある税理士さんが言っていた名言が私の脳裏に焼き付いており、固定費をかけてはいけないのだという固定観念がずっと深く根付いていました。税理士はあらゆる企業体を見ているプロですから彼が言うことは間違いないと思い、執拗に意識をしてしまったのだと思います。

経費の3大項目は賃料、人件費、広告費であるのはどの業種、どの企業でも普遍的とは思いますが、一人起業であった私の小さな事業体でもそれは例外ではなく、それらを如何にかけずに運営するかということに元来の節約志向の性格も相まって、効率的な業務運営や対外的な信用というのは二の次でとにかく無駄を削り出来ることは自分でやり、少しでも金を残すという頭でいたと思います。

そんな考え方でしたので25万円の初任給以上の毎月確定された出費というのはとても不安を感じていました。この決断で会社が傾いてしまうかもしれない、会社が傾く=自分の人生がだめになってしまうのは容易に想像される結末で、そうはいってもシェアオフィスでの一人起業の現状では今後の良い展望は描けないし…との葛藤で揺れていたと思います。

新しく始めることで上手くいった試しというのが自分の人生では特に見当たらず、ふたを開けてみたら全く期待外れだったという失敗体験しかなかったため、それが現実になれば致命的になってしまう可能性もあると深く悩みました。

外貨両替事業というのは完全にニーズビジネスで、必要がなければ街中で見かけたとしても顧客が来店されるということはありません。例えば日本人で近日中に海外旅行に行く人が秋葉原の繁華街を歩いていて外貨両替を求めている確率は如何ほどあるでしょうか。正直いって日本人の海外旅行客とドン・キホーテ秋葉原店は一切結びつきません、しかも海外からの訪日外国人も当時目立って多いということはなく、いてもアジア系が多いことから現金需要があるのかどうかも皆目見当がつきませんでした。そんな朧げな不確実性に高い固定費を支払う契約をすることはやはりリスクが大きかったのです。

しかし、そんな悩みを解決する秘策が私にはありました。その賃貸場所で別の事業も行って2つの売上を柱にするという戦略です。外貨両替では直ぐに集客が出来るのは難しいだろうから他に手っ取り早く需要のあるビジネスで集客ができれば賃料の足しにすることはできると踏みました。わずか2坪で出来るビジネスはもちろん限られますが、当時から外貨両替と兼業する業者もあり業態に親和性があった金券ショップです。

小スペースでも人流がある適所で、お金と同等物の交換をするというのはオペレーション上も非常によく似ています。しかもいくつかの大手金券ショップではフランチャイズシステムを手がけている企業もあり直ぐに始められる感が満載で、与えられた区画をどのようにビジネスしていくか悩んでいた私には非常に魅力的に映りました。

当時、日本橋3丁目のシェアオフィスですぐ近くが八重洲でしたのでちょっとした買い物でいくつかの金券ショップを利用することはありましたが当然ビジネスモデルを理解してはいませんでした。そのためネットで情報収集をして手が出やすい金額でフランチャイズを運営している某金券ショップに目星をつけて申し込みをし、役員の方と喫茶店で面会しました。

その会社には毎月何件ものフランチャイズ希望者の申し込み依頼が届くようですが、全て受けることはせずほとんど断っているということでした。さらには開業してもオーナである私が店頭に立ち、いかに多く手を汚して実際に作業をすることが人件費削減強いては利益を生み出す源泉であるかの心得をお話いただきました。

立地は駅からは徒歩5分以上離れておりその金券ショップのコンセプトとは必ずしも一致していませんでしたがドン・キホーテ秋葉原店前というのは歩行者天国にもなり週末には爆発的な人出があり平日でも多くの人で行き交う特別な場所でしたので最終的に受けるかどうかは代表取締役の社長が決めることですが多分良い報告が出来るのではないでしょうかということでその日は散会しました。

後日、フランチャイズ運営企業の金券ショップの代表者とお会いし主に世間話をして私の申し込みを受けるという流れの話し合いがもたれました。その会社の仲間となるので人物を見るというのが目的だったようです。

フランチャイズを開業する審査を通過する目的は達成されましたが、30歳当時の私の意識の中には自分以外の誰か、何かに頼るという意識が潜在的にあり、対価として金さえ支払えば何とかしてくれるだろうというどこか他力本願の癖があるのを実感し出すのもこの頃からでした。

フランチャイズというのは運営会社であるフランチャイザー本部が年月をかけて成功したビジネスモデルを多くの経験と知見を具体的なリソースとして加盟店であるフランチャイジーに提供することで加盟金やロイヤリティを得るビジネスです。

加盟店は本部へ対して金銭的な見返りだけではなく、本部が定めたルールや理念を守ることを契約という形で約束されます。つまり他人の看板を使わせてもらう代わりに勝手なことは出来ず、オーナ独自の色を出すことも基本的には出来ず、あっても制限があります。

私には二つの選択肢がありました、せっかくのご紹介でいただけたドン・キホーテ秋葉原店という立地で、
・外貨両替事業の単一で独自の店舗を開業するという道と
・一方は、今回のように違うビジネスを掛け持ちして自社の色を消してフランチャイズのように第3者に頼る道です。

10年以上経った現在で私の会社が当地で事業を行っていないことから後者を選択した道が正しくなかったと結論付けるのは簡単なのですが、方や前者で誰にも頼らず独自に開業していたら継続して成功していたかというとそれは誰にも分りません。

追い込まれて藁にも縋りたい状況でスッと蜘蛛の糸が天から降りてきたらそれを掴んでしまうのが人の性だとも思いますが、安易な道を選択しないというのも経営者に必要なブレない姿勢でありそれを試される状況は起業という人生以外であっても必ず訪れます。

思うに私は誰かに委ねたり、丸投げしたりという性格が禍したことが1度や2度ではなく致命的な損害を被り大失敗をしたこともありますので良くも悪くも他人は自分のことなど対して重要には考えておらず、本丸である核心の部分は決して自分以外に生殺与奪を託してはならないという教訓の方が現在では強いです。

会社が成長し、今ではあらゆる権限を配下の社員に委譲して責任ある業務を任せることもありますが、当事者意識という責任感までも委譲させることはなかなか困難であるとも感じておりリスク回避が課題である弊社にとってどう意識改革をし、リスクを最小限にできるかを私の経験から失敗の恐怖を植え付けることしか思い至らないというのも悲しい話ではあります。

人を説得するのは得意ではないのですが、思いを赤裸々に述べたり、過去のエピソードを告白していくこともその一助になるのではないかと思い、得意の悪あがきは続けようと思います。